マリノスのゴール裏とエスパニョールのクルヴァが週末の居場所。 そんなノブの日記です。 まずは自己紹介をどうぞ!


by nobu_marinos1972
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2005年 03月 08日 ( 1 )

Derbi de Barcelona

 さて、今日はいよいよバルセロナダービー体験記のノーカット版をお送りします。

3月1日
FC Barcelona vs RCD Espanyol
Camp nou 22:00
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 スペインではエスパニョールサポーターのことを一般的に「ぺリコ」と呼ぶ。
 キックオフ3時間前の19時、カンプ・ノウから少し離れた「サリア」地区の広場に約200人のぺリコが集結した。ここにはかつてエスパニョールのスタジアムがあったところで、10年前に資金不足で売却せざるをえなかったという、いわくつきの場所だ。
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 19時半、警官隊に囲まれて歌いながら出発。すでに酔っ払ている輩もいれば、ポロ(麻薬の一種)を吸っている輩もいる。「プータ!バルサ!プータ!バルサ!」の大合唱だ。

 「当日はエスパニョールのマフラーやシャツは身につけてこない方がいいよ」

 というイニャキの忠告どうり、自分はここカタルーニャの旗の柄マフラーを着用していた。そして、キョロキョロしながらそのイニャキを探していた。それが間違えだった。
 
 エスパニョールのファンは2種類いる(きっとスペインのクラブはほとんどがそうだと思う)。ひとつはクルバ・ジョべといわれるホーム側ゴール裏メインスタンド寄りに陣取る連中で、彼らは純粋なサポーターである。
 もうひとつは、そのちょうど対岸に陣取る連中で、連中は試合なんかおかまいなしでスペインの国旗を振り続けているネオ・ナチスである。警官隊と衝突するのは当たり前、いわゆるフーリガンというやつか。
 今日の試合はこの2つのグループが一緒になって行動するという大変危険な状態である。

 「そのマフラーは違う。」

 そう言いながら、すでに酔っ払っているのか、視点が定まっていないまぶたにピアスだらけの男が近づいてきて、巻いているマフラーで首を締めてきた。その男はネオ・ナチスの人間で、スペインからの独立を掲げるカタルーニャのマフラーなど目障りこの上ないといった様子だった。

 いくら謝っても、いくらエスパニョールファンであることを伝えても、首を絞める手の力が弱まることはなかった。やばいことになったと思った。

 「やめろ、そいつはぺリコだ。」

 神の声がした。見覚えのあるおじさんが助けてくれた。マドリーに遠征したときの帰りの夜行バスで一緒になったおじさんだった。体中にエスパニョールの刺青をしているので、タダ者ではないと思ってはいたが、やはりタダ者ではなかった。

 「今日は普通の試合とは違う。助けてもらえるのはこの1回だけだと思え。」
 
 その後、イニャキと無事に合流した。彼は普段物静かな好青年であるが、このときは普通ではなかった。酔っ払い、ネオ・ナチスの連中と同じポーズを繰り返していた。いつも顔を合わせる人たちも皆こんな様子だ。

 途中のマンションで「うるさい!」と住民が窓からバルサのマフラーをパタつかせる。それを見たぺリコ達は狂ったように叫びだす。こんなやり取り道中何回も起こった。警官隊に促され少しづつカンプ・ノウへ向かう。
 ヨーロッパのダービーというのは尋常じゃない。

 30分かけて、ようやくスタジアムに着くとペリーコ専用のゲートが設けてあり、厳重なボディチェックを経てようやく入場。キックオフ2時間前ということで、一般入り口はまだ閉鎖されているが、バルサファンはゲート越しに挑発のポーズを繰り出してくる。ペリコ達も負けておらず、ゲート越しに激しい争いが始まったかに見えたが、警官隊にせかされて、ゴール裏3階のアウェイサポーター席へ向かう扉へ押し込められる。
 
 3階まで上る途中の階段でもぺリコたちはやりたい放題だ。監視カメラは無残にも破壊され、その辺にある金網は蹴られるために存在しているかのようであった。
 
 ようやくついたアウェーゾーンは金網で囲まれており、通路も鉄の扉で一般客とは完全に隔離状態。その通路にはトイレと売店1軒だけ。その売店も警官に囲まれており買い物をすることができない。トイレも完全交代制。たらふく飲んだ輩達にとっては厳しい世界である。まさに「ペリーコあるところに警官あり」といった状態。

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 試合開始までの約2時間、そして試合中の90分間、とにかく歌いっぱなし。そしてその大半は、チームを応援する歌ではなくバルサやバルサの選手を罵る歌ばかりだった。

 試合はエル・ゴラッソにも詳しく紹介されているように、エスパニョール守備陣がぺリコたちの気持ちを感じ取ったのか、気迫の守りを見せて0-0の引き分け。
 23年間この敵地で勝っていないぺリコは「ライバルの行く手を阻んだ」という事実だけで十分に満たされた。

 試合終了後も30分近く通路で待機させられたが、その間も喜びの歌は止まない。
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 その歌はスタジアムを出て、再び思い出の地「サリア」に戻り解散するまで途切れることなく続いたのだった。c0017163_25034.jpg
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by nobu_marinos1972 | 2005-03-08 02:50 | ●RCD Espanyol